札幌家族葬 札幌の家族葬なら 札幌葬礼社 の日記
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札幌にて 愛のお葬式 を具体化するには...
2012.08.02
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葬儀業界でも、さまざまな美辞麗句を駆使したキャッチコピーに彩られた
HPがひしめき合っています
ですから、日ごろから自らのホームページに使う新しい文言を考えるのも
仕事の一つです。
葬儀に対するイメージは、おのおの違うと思いますが
非常に美しい響きのキーワードを思いつきました。
愛が溢れるお葬式、略せば 愛のお葬式。
思いつきはいいが、どのように展開するかを自問自答しました。
愛。 愛する、 いとおしく思う。
生きているからこそ、愛は想いとして、行為として行使できるものだと
思います。
ただし、故人となった方を葬送する際に、愛はあるのでしょうか。
ご遺族、家族、親族にとって、ご逝去からの数日間、胸に去来する思いは
悲しみ、悔しさ、憐憫、慈しみ、驚き、弔い、慄(おのの)き、感謝。
以上の言葉が思い浮かびます。
「愛しています」から「愛していました」に変る過酷極まる瞬間。
ならば、愛は、葬儀とは対極にある言葉だとしか考えられません。
さる葬儀で、ご自宅から式場に故人を搬送するため伺った際に
「パパをどこにも連れて行かないで」
幼い娘さんは、柩に抱きつき、柩を持ち上げようとした
私は、小さな腕で足をつかまれました。
「さようなら」と言って、棺の窓蓋を閉めるとき
さる喪主たる奥様の頬からは、悲嘆の涙が溢れます。
ご高齢でもあり、体調も優れず、ご遺族とは別行動でにタクシーで
火葬場に向かうはずだった娘さんを亡くされたお父さんが、
突然、霊柩バスに納められた柩を見て
「○○も載ったんだから、俺も一緒に行く」と、不自由な体に鞭打って
涙ながらに車中に消えました。
弊社が立ち会わせていただいた葬儀に、残念ながら愛を感じる
葬儀などありませんでした。
結論として、美しい響きですが、弊社のホームページには似合わないようです。
ただ、殺伐とした時間の中で、心に残る葬儀をご提供する札幌の
葬儀社でありたいと邁進してまいります。